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■■ Japan On the Globe(339)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■
人物探訪: 安倍晋三 ~ この国を守る決意
政治家は「国民の生命と財産を守る」という
ことを常に忘れてはいけないと心に刻みました。
■■■■ H16.04.11 ■■ 34,024 Copies ■■ 1,139,896 Views■
■1.金正日の態度を変えさせた一言■
平成14(2002)年9月17日午前10時前、北朝鮮・平壌の
百花園迎賓館の控室で日朝会談を待つ小泉首相と安倍官房副長
官に、「お話があります」と外務省アジア大洋州局長の田中均
が近づいてきた。田中はこの直前に行われた事務レベル協議で
北朝鮮側から知らされた拉致被害者の死者8人、生存者はわず
か5人という数字を伝えた。小泉首相と安倍は言葉を失った。
午前11時に始まった首脳会談で、小泉首相は冒頭から「大
きなショックで、強く抗議する」と不信感をあらわにし、「拉
致、工作船、ミサイル」の三つの条件をクリアしない限り正常
化交渉再開はあり得ないことを告げた。金正日は口を一文字に
し、小泉の顔を凝視しながらほとんど反論することはなかった。
正午。日本側は北朝鮮側の昼食会の誘いを断り、控室に入っ
た。田中は「北朝鮮が三つの条件をクリアすればこの宣言文を
採択したい」と文案を持ってきた。安倍は「拉致したという白
状と謝罪がない限り、調印は考え直した方がいいのでは」と進
言した。 小泉はしばらく考え込み、何も言わなかった。
午後の会談は予想外の展開になった。金正日はいきなり「い
ままで行方不明と言ってきたが拉致だった」とこれまで北朝鮮
側がかたくなに拒否してきた「拉致」という言葉を使った。さ
らに自分の関与は否定しつつも、「遺憾なことで率直におわび
したい」と、深刻な表情で言葉を選びながら拉致を全面的に認
め謝罪した。[1]
安倍の「白状と謝罪がない限り、調印は考え直した方がいい」
という進言は、北朝鮮側に盗聴されている事を意識した上での
発言だったという。日本の援助を喉から手が出るほどに欲して
いる金正日にとっては、ここで日本側に席を立たれたら、元も
子もなくなる。北朝鮮に翻弄され続けてきた日本外交が初めて
攻勢に転じたきっかけは、この安倍の一言だった。
■2.国家が断じて国民を守るという意志を喪失していた■
北朝鮮が拉致を認めて以降、日本国内では「知と情」という
論理が登場した。「拉致の問題はたしかに可哀想だし、何とか
してあげたいが、それはあくまで情の問題だ。それよりも核の
問題はまさに国家の安全保障にかかわる、知の問題である。情
の問題よりも知の問題を優先すべきだ」という議論である。
そもそもわが国の国民の生命と財産を守るということは、
国家の安全保障上の大きな目的です。それが明らかに踏み
にじられて、主権が侵害されているわけですね。・・・
私は、「拉致問題は安全保障上の問題以外の何者でもな
い」と思ったので、感情論・同情論に矮小化しようとする
マスコミや知識人たちに反論をしてきました。その結果、
「知と情」と言う人はいまや誰もいなくなりました。
私は、この拉致問題には、戦後五十八年間の日本の国家
としてのありようへの反省が込められていると思っていま
す。いわゆる戦後民主主義のなかで、日本はこれまで拉致
問題をなおざりにしてきました。安全保障への認識や真剣
な取り組みがなされてこなかった、また国家が断じて国民
を守るという意志を喪失していた、そうしたことに対して
猛省しなければならないと思います。[2,p113]
■3.日本国として「帰さない」■
交渉の結果、ようやく5人の拉致被害者が帰ってきたが、当
初は一時帰国ということだった。新聞もテレビも「近いうちに
また北朝鮮に帰っていく」という前提での報道を続けた。そこ
に日本政府から「北朝鮮には帰さない」という決断が発表され
て、マスコミを驚かせた。安倍晋三は決断の理由をこう語る。
そもそも「日本にとどまる」というのが、拉致された五
人の皆さんの決断でした。しかし個人の意思は表に出さず
に、日本国として「帰さない」ということを発表すること
にしました。
「個人の意思を超えて、そんなことを国家が決めて問題に
なるのではないか。その判断はおかしい」という関係者も
その場にはいました。しかし、個人が北朝鮮のような国家
と相対峙をしているときには、国が責任を持って表に出て
いくべきである、と考えました。
国が責任を回避して、個々人の自由に任せるのは筋がお
かしいと判断して、総理が最終的に判断を下されました。
総理が判断をしたということは、政府全員が責任を負わな
ければならない判断をしたということです。[2,p127]
個人の意思に任せるのは体裁は良いが、それは拉致被害者に
個人レベルで北朝鮮と相対峙させる事であり、国民を守るとい
う日本政府の責任を放棄したことになる。拉致被害者を守ろう
という国家意思を、初めて日本が表明した瞬間だった。
■4.「国家が日本人を守るべきである」■
国家が国民を守るという安倍の原則は、日朝正常化交渉に関
しても貫徹されている。
「日本人同士が助け合い、守り合っていかなければならな
い」、さらには、「国家が日本人を守るべきである」とい
う意識は、戦争が終わったあとのこの五十八年間、日本人
のなかで眠りつづけていた気がするんです。・・・
五十八年間の戦後民主主義が、ある種の空気をつくり、
その空気に影響された人びとが、日本の各界に存在するの
です。彼らの思惑どおりに事を運ばせないためにも、私は
拉致問題に関して二つの原則を申し上げています。一つは、
「正常化交渉を始める前に、帰国された拉致被害者の方々
の家族、八人を取り戻さねばならない」ということです。
これは、北朝鮮が最も進めたいであろう日朝正常化交渉を
”梃子(てこ)”としなければ、拉致問題を解決できない
と考えるからです。そしてもう一つは「日朝正常化交渉を
進めるにあたって、北朝鮮から死亡、あるいは行方不明と
して情報を提供された十名の拉致被害者の方々の安否確認
を最優先する」ということです。
もし拉致問題と並行して、正常化交渉を始めてしまったら、
北朝鮮は今まで通り、拉致問題は棚上げして経済援助をせっつ
いてくるだろう。そして8人の家族を早く帰して欲しかったら、
経済援助を進めることだと言ってくる可能性がある。そうなる
と8人の家族は「人質」カードとされてしまう。
正常化交渉を欲しているのは、北朝鮮の方だ。だからこそ逆
に「8人を取り戻さねば、正常化交渉を始めない」と、国交正
常化をカードとして8人を取り戻す戦術が成り立つ。同時にこ
れは「国家が国民を守る」という原則に基づいた外交でもある。
■5.したたかさと剛直さと■
平成15年8月末に北京で開かれた六カ国協議の開催前には、
北朝鮮は日本と韓国を協議の場からはずす事を要求した。中露
は仲介的な立場であり、日韓がはずれれば、アメリカだけを相
手にすれば良い。同時に拉致問題を棚上げにできる。
日本は「それは絶対に困る」と頑張り、アメリカも断固とし
て拒否した。一部には「そう言っていては、協議の場ができな
いのではないか」という意見もあったが、日米が結束して拒否
したので、北朝鮮側が折れて日韓を含む6カ国協議となった。
次の六カ国協議の際には、北朝鮮は「日本が拉致問題を持ち
出すなら、日本を外せ」と主張し、中国側も「六カ国協議をと
にかく無事に再開することが大切であって、拉致問題を取り上
げる事に関しては日本に再考を促す」という態度だった。
わが国がこの六カ国協議の場において拉致問題について
主張しないということはありえないことです。・・・
これをこんど議題から落とせば、「では、拉致問題は日
朝二国間だけでやるんですね」ということになって、多国
間協議は核の問題だけで進んでいってしまいます。・・・
ですから日本が拉致問題を議題としたために協議の再開
が遅れたとしても、これはもうやむを得ないと考えるべき
であって、それはむしろ北朝鮮がチャンスを逃したという
ふうに考えるべきだと思っています。[1,p122]
北朝鮮は正常化交渉を早くまとめて日米からの経済支援を貰
いたい。中国もまた6カ国協議を成功させて、自国の北辺を安
定させ、また北朝鮮を抑えうる立場にある事をアピールしたい。
日本が拉致問題で突っ張っていれば、折れざるをえないのは北
朝鮮側であり、またいずれ中国も、早く拉致問題を解決しろと、
北朝鮮側に圧力をかけるだろう。
安倍晋三の外交姿勢は、相手側の弱みを読むしたたかさと、
原則を貫く剛直さとで織りなされている。どちらも戦後の日本
外交が長らく忘れていたものである。
■6.抑止力としての経済制裁法■
自民党幹事長になって、安倍晋三は北朝鮮への経済制裁法案
の準備を進めた。これは直ちに制裁をするというのではなく、
政府が制裁をできるような権限を法的に与えるということであ
る。まず外為法と外国貿易法の改正によって、北朝鮮への送金
を停止することができる。さらに「万景峰号」をはじめとする
北朝鮮籍の船の入港を、わが国の安全保障上の理由、または相
当の理由があったときに止めることができるようにする法律に
ついても、検討を進めた。
例えば先方が北朝鮮にいる日本人に対して何らかの危害
を加えたり、あるいは「一ヶ月後に東京を火の海にする」
と言っているにもかかわらず、淡々と船が入ってきて、そ
れを止めることができないとすれば、これはどう考えても
「それはちょっとおかしい」と思うわけですね。ですから
万一の場合には、その時にはそういう手段もあるというこ
とも検討しなければいけない。そしてそれは抑止力になり
ます。[1,p132]
北朝鮮との貿易量では、日本は三番目です。われわれは
北朝鮮の核保有などの脅しには決して屈しません。それを
北朝鮮が見誤ると、経済的な意味で大変なことになると思
います。[1,p131]
貿易上では、北朝鮮は日本にとって無視しうる存在だが、北
朝鮮から見れば、日本からの輸入や送金を止めたら、その経済
は壊滅的な打撃を受け、それは政権崩壊につながりかねない。
わが国はそれだけの実力を持ちながら、その力を行使できるだ
けの法律がなかったのだ。
制裁という真剣を振り下ろさなくとも、それをちらつかせて、
「経済的な意味で大変なことになる」と警告することが、北朝
鮮に勝手な振る舞いをさせない抑止力になる。
本年2月初め、外為法改正の論議が進められる中で、北朝鮮
側から拉致問題に関する日朝協議を開きたいとの打診があった。
外為法改正は2月9日に成立し、その直後に開かれた協議では
北朝鮮側は「われわれを狙い撃ちにしている法律だ」との強い
反発を示しながらも、北朝鮮側が席を立つことは一度もなかっ
た。経済制裁という圧力は確実に効いているのである。[3]
■7.ハト派とタカ派■
戦後の日本は、外国に謝罪をしたり、圧力をかけられたりす
ることはあっても、日本から外国に謝罪させたり、制裁の圧力
をかける、などというのは、今回が初めてのことではないか。
北朝鮮から見れば、安倍はまことに手強い外交相手である。
日本国内でも安倍を「タカ派」とか「強硬派」と非難する人び
とがいるが、その声は北朝鮮シンパの悲鳴のように聞こえてし
まう。日本国民から見れば、国民と国家を守ってくれるまこと
に頼もしくも力強い「タカ」である。
私もよくタカ派と批判されますが、その点はまったく気
にしていません。ハト派と呼ばれる人たちは、ハト派と言
われることに目的があるように見えます。でも私の場合は、
国民の生命と財産を守り、国家の平和と安定を守るという
目的のために、手段として、時と場合によっては、左翼か
らタカ派と言われる選択肢も排除しないということです。
そういう手段を担保するかどうかの違いであって、国民の
皆さんには結果を冷静に見ていただきたいと思います。
[2,p213]
「ハト派」の政治家たちが膨大なコメ支援をしながら、感謝
の言葉どころか頭越しにミサイルを撃ちこまれた「結果」に比
べれば、一銭もやらずに金正日に謝罪させ、拉致被害者5人を
取り戻し、制裁の圧力をかけて協議のテーブルにつかせている
のだから、安倍の「結果」は余りにも明白である。
ハト派かタカ派かは手段の問題であって、国民と国家を守る
という目的のためには、時と場合によって「タカ派」的な手段
も遠慮なくとる、という所に、安倍晋三の政治家としての覚悟
が感じられる。
■8.「これは命を賭けるに値する仕事だろう」■
「日本の国のために」という覚悟が定まったのはいつか、とい
う質問に、安倍はこう答えている。
政治家になろうという決意は、父の最後の1年間を見て
いて、「これは命を賭けるに値する仕事だろう」と思いま
した。そして政治家は「国民の生命と財産を守る」という
ことを常に忘れてはいけないと心に刻みました。
父・安倍晋太郎は晩年、膵臓ガンの手術の後、67歳で他界
するまでにソ連とアメリカと二回も外遊した。ソ連とは北方領
土の返還と平和条約の締結、アメリカとは日米安保30周年で
の関係強化を目指したものだった。秘書官として父の最晩年に
付き添いながら、政治家としての覚悟を安倍晋三は受け継いで
いたのである。
日米安保の第一次改訂は、母方の祖父・岸信介が命をかけて
取り組んだテーマであった[a]。晋三が5歳の時、「安保反対!」
のデモ隊に取り巻かれた自宅で、岸は馬になって晋三を乗せて
遊んでいた。晋三がデモ隊の声につられて「アンポハンターイ」
とかけ声をかけると、岸は大笑いしたという。
祖父は、その時流に阿(おもね)ることを排して、超然
としていました。そういう命を懸けた決断のできる人生は
いいなあと思っていました。全く微動だにしない観があり
ました。そこには原則を大切にして筋を通す、という信念
があったのでしょう。[2,p213]
祖父の信念、父の覚悟を受け継いだ「この国を守る決意」を
抱いて、安倍晋三は政治に取り組んでいる。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(337) 岸信介 ~ 千万人といえども吾往かん
日本を真の独立国とするための構想に邁進した信念の政治家。
http://macky.nifty.com/cgi-bin/bndisp.cgi?M-ID=0367&FN=20040328000014
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
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1. 産経新聞、「検証、日朝首脳会談 到着直後「死」のリスト
言葉失い、崩れる自信」、H14.09.19
2. 安部晋三、岡崎久彦、「この国を守る決意」★★★、扶桑社、H16
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4594043313/japanontheg01-22%22
3. 産経新聞、「日朝拉致協議・検証 『焦っているのは北』」、
H16.02.15